もともと趣味でSUPを初めて、地元中禅寺湖でも漕げることに気づいて数年一人で漕いでいました。そこから事業としてのサービスにするきかっけを振り返ってみました。

中禅寺湖はもう寂れてしまったかと思っていた

日光市は僕の故郷であり、中禅寺湖まではいろは坂を通って車で約30分という距離。高校一年まで地元の日光高校(健在は2つの高校が合併して明峰高校という名前)に通っていて、2年生になるタイミングでニュージーランドに留学しました。まだ僕がニュージーランドへ向かうずっーと前の1980年台の頃。小学生とかの頃、よく中禅寺湖で遊んでいました。

両親の友達が持っていたモーターボートやジェットボート、水上スキー。中禅寺湖ボートハウスには当時、飛び込み用の踏切ジャンブ台があって、よく飛び込んでは底から生える藻?に足をくすぐられ、気持ち悪がりながらも楽しんだり。

大人になるに連れて中禅寺湖にはあまり行かなくなりましたが、一時帰国した時など、ときどき中禅寺湖を訪れては昔の楽しい記憶を思い出していましたが、その時感じたのは昔のような活気がなくなった中禅寺湖で、とても寂しく感じたことを覚えています。

友達と一日かけて一周したことがきっかけ

昔はモーターボードでみんなが遊び、水上スキーをして賑やかな湖畔の雰囲気が好きでしたが、今ではラムサール条約の規定もあり動力付き船舶はNG、遊泳もNG。他に何であそべばいいのか。こんなに遊べる素晴らしい自然があるのにもったいないことをするなぁと思ったものです。

しかし、2年前の秋に一日かけて、幼馴染のよーちゃんとベトナムから留学に来ていたビックちゃんの3人で中禅寺湖の湖畔を徒歩で一周したところ(一周するのに8,9時間かかった汗)、今まで思っていた寂しいとかもったいないことするなぁという認識は全く間違っていたことに気づきます。そこには昔、僕が遊んでいた時代にはなかった透き通る水の綺麗さ、『静寂の音』が聞こえるという素晴らしさがあり、この場所がただ単純にもともとから持っている魅力ある姿に戻っただけだったと痛感したのでした。

『こんなに遊べる自然があるのに』という言葉も虚しく、なんともおこがましい考えだったことが今では分かります。動力がないと遊べないとでも言うのか?と湖と山々の神様達から言われているようです。体感を通して中禅寺湖の自然を楽しんでもらう。自分達も一緒に学んでいきたいと思っています。

また、最近のはやりに乗っかってみることも必要なので、地方ならでは、日光ならではの『楽しむ不便さ』も楽しめるようなサービスも出来たらいいなぁと思っています。

 

下のこれらの写真は、中禅寺湖を一周したその時に撮られた写真達。今思い返しても、自分の考え方を180度ひっくりかえしてくれた一日だったことを思い返す事のできる写真達なのです。